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ma-ya’s CREATEについて

ぼやき

30代からWEBデザイン。ma-ya’s CREATE来歴

誰に求められたわけでもありませんが自己紹介をしていきます。

まあ…ぶっちゃけていうとリリース直後なので投稿とか色々やってみて各所のデバッグをしたいわけです。

ではまず生まれから、というのは流石にダルいので初めてHTMLというものに触れた大学時代の頃から始めます。

※一応イントロダクションはサイトトップにあります。ざっくりと。

 

大学時代

神奈川県在住でしたが大学は東京へ。

一浪までして行った大学のくせに何を勉強するわけでもなく、所属していたバンドサークルの部室でパンツ一丁で昼寝したりギター弾いたりする毎日。「ギター幹事長」という意味不明なサークル内の肩書を持っていたからか、パンツ一丁でも特に文句を言われる事もなく、日々をのうのうと過ごしていました。

 

そんなさなか、バイトで某新聞社のWEBサイト記事管理のお仕事につきました。やることは単純で、翌朝発行される新聞内の記事を記事別にサイトへアップする、というもの。

 

原稿は深夜に来るので夜勤のバイトですね。記念すべきbrタグやらfontタグなどHTMLとの出会いです。

記事のアップは社内の独自システムで行えたので触れ合えるタグの種類は本当に少なかったんですが、なんだかプログラマーになったみたいでなぜか少し誇らしかった記憶があります。

 

が、ここではそれ以上の進展はありませんでした。触れ合うタグなんてほんの数種類。もう人間でいえば手も繋いでない、偶然女の子と目が合ったくらいのもんです。

 

大学卒業、暗黒時代へ

一浪したくせに留年までして大学を卒業。さらっと言いましたが留年中のモラトリアム期間の記憶があやふやなのでスルーします。とにかく貯金をしていた気がする。

 

いろいろあって卒業後、貯めたお金で海外旅行に出ます。なぜ?とかそこら辺は省略。簡単に言うと沢木耕太郎の深夜特急が好きだったんです。内容あんま覚えてないけど。

 

で、卒業→就職時期という最悪のタイミングでのべ半年ほどバックパッカーとなります。うーんイタい。恥ずかしい。

もっと若ければ若気の至りと割り切れるけど、もうその時20代半ばです。うわぁ…

 

ルートはインドネシアIN→陸伝いに移動し東南アジア一周→インドとか→中東らへんを回ってシリアOUTという感じでした。

ひたすら世界遺産登録の遺跡を回る日々。旅行を終えて思ったのは、「やっぱおれ、日本が好きだ」。

 

この間デザインとかコーディングとか一切出てきません。無駄と言えば無駄な期間、いわゆる暗黒時代です。

ただ根っからの心配性で実はビビりな自分が何とか一人で海外を歩いて周った、というのはほんの少しだけ意味があったかもしれない。

 

WEB管理業務・バンド活動開始

その後数年、コールセンターの仕事を経た後にWEBサービス管理業務に就きます。と同時にバンド活動を開始します。

いい歳してバンド活動…?という疑問も鮮やかにスルーするとして、このWEB管理とバンド活動は今の自分を成型する大きな要素となりました。

 

WEB管理ではそれなりにHTMLと触れ合うことになります。軽微なバグはCSSをその場その場で調べて対処するようになりました。一方、バンド活動ではHTMLとかなんかそういうのが少しはわかる僕がWEBやフライヤー制作担当に。

また、少し経ってから業務で何となく覚えた知識を用いてアフィリエイトサイトを個人で立ち上げ、小遣い稼ぎに勤しみます。

 

その後数年、なかなか忙しかったです。特に前半は知識も乏しく、とにかくトライアンドエラーの繰り返し。

仕事の方は通常業務に高度な知識は必要なかったのですぐに慣れたんですが、アフィリエイトとバンド公式WEB、フライヤーに関しては正直2万回くらい投げ出しそうになりました。

 

当時はphotoshop, illustrator, HTML, CSSが何よりも嫌いでした。だって全然言うこと聞いてくれないんだもん。

こんな単純な作業になんでこんな手間かかるの?これっぽっちの事になんで何行もコード書かなきゃならんの?と常に愚痴が頭をぐるぐるしてました。しかもちょっとしたバグ一つ直すのに1日費やすのなんかザラ(ぶっちゃけ今もそうですが)。

 

でも一つ一つ出来ることが増えてくると変わるもんですね。ほんとにちょっとずつですが、楽しくなってくるんです。

 

今思えば、やってみたいと思ったことを試せるフィールドが多かったのが良かったのかもしれない。

もちろん制作会社でバリバリやってる人に比べると実践の場は遥かに少ないけれど、職場でのバグ直しやWEBページ改修、アフィリエイトサイト改修やバナー作り、バンド公式WEB、バナー、フライヤー、ジャケット、ポスター…etc

あ、あれ試してみたい、と思ったらすぐ試せるフィールドがあったように思う。

 

そしてこの頃、ついにWEBデザインが好きになりました。

 

個人で仕事を受注~現在へ

バナー・フライヤー制作での描画ツールの使用やアフィリエイト・バンドWEBサイトを弄り倒したことで、ほんとにある程度ですが諸々に慣れてきた頃、バンドWEBサイトのレスポンシブ化をしてみました。いわゆるスマホ対応です。

方法としてはメジャーな「デバイス幅でCSSを読み分ける」方法。

 

自分には無理だろう、とやる前から勝手に諦めていたものの、それまでサイトを徹底的にイジイジしてきたのが功を奏したのか、思ったよりはすんなりと成功します。

「そんなことでいちいち喜んでんじゃねーよ」と怒られるかもしれないけど、これは正直結構嬉しかった。

 

また普段から広告や看板、バナーなど目につくものを出来るだけ意識していた結果か、バナーなどのグラフィックデザインに関しても周囲から良い評判を聞くことが多くなってきました。

ダサいチラシやバナーも、なんでダサいと感じるのか?ていうのを考えてたのが今思うと良かったかもしれない。

 

その後諸事情によりアフィリエイトサイトは閉鎖。ちょこちょこクラウドソーシングにて個人での仕事受注を開始します。

ぶっちゃけ最初はコンペで見向きもされず、武者修行のつもりで何とかかんとかやってたんですけどね…

知り合いの紹介などでちらほら(本当にちらほら)仕事を貰えるようになったのもその頃。

 

クラウドソーシングではこつこつコンペにトライしてたのもあって、運よく契約数ランキングにランクイン。

枝分かれした末端のランキングに一瞬載っただけでしたが、それを機にクラウドソーシングでのスカウトも増えました。

あとはとにかく場数を踏むべく依頼された仕事を出来るだけ丁寧にこなすことに注力。

 

そんな感じで今に至ります。

 

30代でWEBデザイン、前途多難過ぎですがここへ来て新たにスタートラインに立った気分。